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.Header .description 1-08. 思考実験「重いものほど速く落下するのか」|思考実験の科学史

1-08. 思考実験「重いものほど速く落下するのか」

重いものほど速く移動する

 古代ギリシアの哲学者アリストテレスは著書「自然学」や「天体論」において同じ媒体中では物体の重さが大きいほど速く移動すると記しています。1500年代の終わりまで、重たいものほど速く落下するというのが常識でした。これに異を唱えたのがイタリアの科学者ガリレオ・ガリレイです。ガリレオは思考実験から「重たいものほど速く落下する」という当時主流だったアリストテレスの理論を否定しました。

 ガリレオはこれを証明するために重い鉄球と軽い鉄球を用意し2つの鉄球を紐でつないで落下する思考実験を考えました。もし重たいものが速く落下し軽いものが遅く落下するならばこの紐でつないだ2つの鉄球の落下速度はそれぞれの鉄球の落下速度の平均値になるはずです。一方で2つの鉄球は紐でつながれているのでそれぞれの重さを合計した1つの物体と見なすことができます。そのように考えるとこの物体の落下速度はもとの鉄球の落下速度より速くなるはずです。

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ガリレオの思考実験「重いものほど速く落下するのか」

 ガリレオはは同じ現象に対して矛盾する2つの結論が出てるのはおかしいと考え有名な「ピサの斜塔」の実験を行いました。そして「重たいものほど速く落下する」が間違いであることを示したのです。

ガリレオは「ピサの斜塔の実験」を行ったのか

 ガリレオは1589年から1592年までピサ大学の教授を務めていました。「ピサの斜塔の実験」はこの時期に行われたとされています。「ピサの斜塔の実験」を伝えたのはガリレオの晩年に助手を務めガリレオの伝記を執筆したヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニです。時期的にもヴィヴィアーニは「ピサの斜塔の実験」を見ていたわけではありません。

 ガリレオはいくつかの著書で物体の落下について言及しています。ピサ大学の教授を務めた頃に執筆し死後しばらく経った1687年に出版された「運動について」には塔からの物体の落下について述べています。しかしながらピサの斜塔で実験を行ったとは書き記されていません。またガリレオはこの著書でアリストテレスの説を否定しているものの、ガリレオ自身も正しい結論に至っていませんでした。つまりピサ大学の教授の頃には「重いものほど速く落下するのか」の思考実験は確立していなかったと考えられます。

 ガリレオが1633年に執筆を開始し1638年に出版された「新科学対話」では同じ大きさで質量の異なる2つの物体を同時に落とすと両者がほとんど同じ速さで地面に到達することが実験で確められていると記されており、この頃には既に思考実験「重いものほど速く落下するのか」は確立していたと考えられます。

現代の多くの学者は「ピサの斜塔の実験」は行われておらず思考実験だったと考えています。この思考実験のためにガリレオが行った実験は斜面で重さの異なる玉を転がす実験だったと考えられています。一方で「ピサの斜塔の実験」は実際に行われたと主張する学者もいます。

ガリレオ以前にアリストテレスの説は否定されていた

 実はアリストテレスの「重いものほど速く落下する」を否定したのはガリレオが最初ではありません。古代6世紀頃にアリストテレスの哲学書の注釈していたヨハネス・ピロポノスは自身の著書の中でアリストテレスの「自然学」を批判しています。ピロポノスの考えは斬新でしたが当時主流であったアリストテレスの説を強く批判したため異端とされ無視されました。しかし15世紀になるとピロポノスの著書はラテン語に訳されヨーロッパ各地に広がりました。ガリレオもピロポノスの影響を受け著書にピロポノスの考えを引用しています。

 1551年にはスペインの哲学者ドミンゴ・デ・ソトは自由落下をしている物体が一様に加速すると述べています。また1553年にはイタリアの数学者ジャンバッティスタ・ベネデッティは自由落下の理論を展開しアリストテレスの説を否定しています。ベネデッティは1554年の著書で5つの球を使ってガリレオと同じような内容の「重いものほど速く落下するのか」の思考実験を書き記しています。ベネデッティの著書もガリレオに大きな影響を与えました。ガリレオの「運動について」はベネデッティの理論に基づいています。

 最初にアリストテレスの説の間違いに気が付き思考実験「重いものほど速く落下するのか」を行ったのはガリレオではありません。しかしながら、ガリレオの名声とヴィヴィアーニが執筆した秀逸なガリレオの伝記が「ピサの斜塔の実験」による「重いものほど速く落下するのか」の思考実験を世の中に広く知らしめたことは間違いありません。

月面で行われたガリレオの実験

 1971年7月26日、アポロ15号が打ち上げられました。アポロ15号は4度目の月面着陸を果たして長期間月に滞在し月面車を利用して科学的探査を行うJ計画を遂行することが目的でした。最終日3日目にデイヴィッド・スコット船長はカメラの前で「ピサの斜塔の実験」を行いました。スコット船長は右手にハンマー、左手に羽根を持ち、両手を水平に上げて同時にハンマーと羽根を手放しました。空気抵抗を受けない月面では、形も重さも異なるハンマーと羽根が同時に地面に着地することを示したのです。

Apollo 15 Hammer-Feather Drop



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