.Header .description 3-09. ニュートンの光と色の論文は否定された|思考実験の科学史

3-09. ニュートンの光と色の論文は否定された

ニュートンの著書「Opticks(光学)」

 ニュートンのプリズムの実験と考察については 1704 年の著書「Opticks(光学)」に詳述されています。この論文の内容はニュートンが 1666 年に行ったプリズムの実験をはじめ、ニュートンがルーカス教授に就任した 1669 年から 1672 年頃までの光学の講義をまとめたものです。ニュートンはなるべく早く光学の論文をまとめたかったようですが「Opticks(光学)」を発表するまでに1666年の実験から38年、1672年の論文から32年を要しています。どうしてこのような長い時間がかかったのでしょうか。

ニュートン著「Opticks(光学)」
ニュートン著「Opticks(光学)」

ニュートンの光と色の説は否定された

 ニュートンは 1672 年の論文「New Theory About Light and Colour(光と色の関する新理論)」において、光線は光の最小の粒子の流れであり、光の色によって粒子の種類が異なるため屈折で色が生じると説明しました。

 ロンドン王立協会はニュートンの論文を王位教会事務局長のロバート・フックとオランダ人で王位協会外国人会員のクリスティアーン・ホイヘンスに送りました。ニュートンは必ずしも積極的に光が粒子であると主張したわけではありませんが、論文の記述から光の粒子説を唱えたとみなされるようになりました。光の正体は波であると考えていたフックとホイヘンスはそれぞれ独自にニュートンの説に反論しました。フックとホイヘンスは白色光が様々な色の光から成るという説も否定しています。


ロバート・フック(左)とクリスティアーン・ホイヘンス(右)

 フックはバネに加える力とバネの伸びが比例関係にあることを示すフックの法則で有名ですが、光学分野の研究では凸レンズ2枚を使った複式顕微鏡を自作し様々な動植物の観察記録が有名です。1665年の著書「Micrographia(顕微鏡図譜、ミクログラフィア)」に顕微鏡で拡大して観察した100点を超える様々なもののスケッチを発表しています。フックはこの著書で雲母の薄膜が色づく現象の観察結果を報告し、これは光の波の干渉によるものと考えていました。フックはニュートンの説に強硬に反論し、論文の内容は自身が既に報告していたことであり、ニュートンの光学理論は基本的に間違っていると酷評しました。

ロバート・フックの顕微鏡と「Micrographia」のスケッチ
ロバート・フックの顕微鏡と「Micrographia」のスケッチ

 ホイヘンスは 1656 年に世界初の機械式振り子時計を発明したことから、ヨーロッパ中に名声を博していました。光学分野の研究では1655 年に凸レンズを2枚使ったケプラー式望遠鏡の改良を行いました。レンズを使った望遠鏡は倍率を高くすると、物体が色ずれして見える色収差という現象が生じます。ホイヘンスは独自に開発した優れたレンズ研磨技術で、色収差を軽減した分解能の高い改良型ケプラー式望遠鏡を発明しました。ホイヘンスもフックと同様に自身の研究から光は波だと考えていましたが、ニュートンの論文に直ちに反論していません。ホイヘンスが反論を送ったのはニュートンの論文発表から約1年後のことでした。ホイヘンスは 1690年 に「光についての論考」を発表し、光の波動説を提唱しています。

ホイヘンス著作「光に関する論考」
ホイヘンス著作「光に関する論考」

 フックとホイヘンスはニュートンの光の粒子説に反論しただけではありませんでした。当時は色が生じる原理としてアリストテレスの「光の変改説」が主流でした。そのためフックとホイヘンスは白色光は様々な色の光が混合したものというニュートンの説を否定しました。たとえばホイヘンスは青色光と黄色光の2つの光を混合するだけで白色光を作れると反論しています。これは補色の関係にある2つの光の混色ですからニュートンの説を否定することにはなりません。ホイヘンスは光の混色についてのある程度の知見は持っていたようですが、ニュートンの白色光が多数の色の光からなるという実験結果には理解を示しませんでした。

 1672年の時点でニュートンは29歳、フックは37歳でした。王位学会の事務局長のフックは絶大な権力をもっていました。偉大な科学者を前にした若きニュートンはこの1672年の論文の実験結果は太陽光に限ったものとしたのです。自分の光学の理論が認められなかったニュートンは光学の研究を慎重に進めるようになったと伝えられています。著書「Opticks(光学)」が1704年に発表された背景にこのような事情があったのです。


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